『それでもボクはやってない』を観てきました。

1/16 科学技術館サイエンスホール 試写会にて。





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「明日、誰にでもありえる事件。」



そのようなテーマ性もあり、興味がある作品でしたので、凄い期待を込めて観に行きましたが、これは濃かったです。
現代の日本の裁判制度について、痴漢冤罪事件を通じて克明にし、おかしい点を浮き彫りにしていく問題作になっています。





話のあらすじはgooの映画検索より。

大事な就職の面接を控えた日の朝、大勢の通勤客に混じって満員電車から駅のホームへ吐き出されたところを痴漢に間違われ現行犯逮捕されてしまった金子徹平。連行された警察署で容疑を否認すると、そのまま拘留される。その後も一貫して無実を主張するものの、結局は起訴される事に。徹平の無実を信じる母や友人・達雄の依頼でベテランの荒川、新米の須藤の二人の弁護士が徹平の弁護を引き受け、いよいよ裁判が始まる…。

やってないことをやってないと主張するのは真っ当な事であるはずだ。ところが、逮捕から取調べ、拘留、起訴の過程で、誰もそんな主張には耳を貸さない。これは辛い。疑われた者は端から犯罪者扱いである。ゆえに、たとえ無実であっても無罪を勝ち取るのは難しい。まして被害者は女子学生。片や逮捕された男は就職活動中のフリーターだ。勇気をふるって痴漢を捕まえた少女に当然ながら同情は集まる。果たして加瀬亮演じる主人公・金子徹平は無罪か有罪か。『Shall We ダンス?』の周防正行監督が痴漢冤罪裁判に注目し11年ぶりに放つ新作は裁判を通して矛盾だらけの日本の姿そのものをも浮かび上がらせる。見応え充分の作品である。

シャンテ・シネほか全国東宝系にて



女性専用車両が出来る今日。それほど痴漢の被害に関しては深刻な問題でもあるわけですが、一方でこんなタレントまで出るほどであったり、またこのタレントじゃなくても和解、示談金目当てでグループで痴漢犯人を作り上げたりしてしまう事件まであります。

満員電車に乗ったことのある女性であれば見知らぬ男性に密着させられ「これは痴漢か?」と勘繰った経験もあることでしょう。また、満員電車に乗った男性にしてみたら不可抗力なのに、荷物が当ってるだけかもしれないのに明らかに疑いを持った目で怪訝そうに見られた経験もあるでしょう。

で、映画でも描いているのですが、大した調査もせずに女性が訴えただけで男性は逮捕され、加害者が痴漢行為を認めた場合には、前科などがないかぎりその場で釈放され、後に略式起訴により5万円くらいの罰金刑が宣告されるのが通常です。なお略式起訴前に被害者と示談が成立した場合など、不起訴処分となる場合もあります。

誰でも面倒なことは嫌いです。5万円くらいなら面倒ないし、午後には釈放になるので「それでいいや」と割り切ってしまう人もいるようです。警察も面倒なことは嫌いですし、この映画でもそれを勧め、強要しようとまでする。もちろん、認めた場合は前科が付きます。(不起訴を除く)
しかし、主人公の徹平は自分はやってないことを主張し、それを受け入れません。

そうして、拘留延長されるとこの映画が更に核心部分に迫っていくわけです。



こうして、映画を通じて思ったのは、主人公の男性のようにもちろん身が潔白でも逮捕され、有罪のピンチに陥る場合もある。
女性側にしてみたら、某タレントのような痴漢冤罪を作っても男性の祭りあげを楽しむような鬼畜女ではない限りは、1人の男性の人生をもしかしたら誤認で台無しにしてしまう可能性もある。
この映画の女子中学生は某女性タレントのような人ではなく、本当に痴漢に悩んでいた女性であり、けして徹平の人生を台無しにしようと企んだわけではない。

そのようなことからも男性には明日にでも訪れる可能性がある悲劇であり、女性にとっては誤認して突き出してしまっては一生の重荷になる可能性もある。

そのような一大事なのに駅員は唯一の冤罪目撃者を突き放し、事務的に警察に引き渡す処理を進め、警察は警察で些細な事件なので厄介ゴトを減らそうと安易にこの事件を解決してしまおうとする。
これも酷い話ではあるものの、職員・警察官の人数に対しての事件の発生率の対比なども考えると日常のルーティーン・ワークにすぎなく、映画を観た人にとっては「あの警察酷い」「あの駅員酷い!」で片付けられてしまうのかもしれませんが、掘り下げて考えるとそのような同情点、問題点も浮き彫りになってくるわけです。

今の日本の裁判の様子では有罪か無罪かを争うのではなく、いかにして有罪という根拠を崩していくかが裁判になってしまっているわけです。
そして、この映画では小日向文世演じる裁判官がその判決を下すわけですが、この小日向文世の裁判官が露骨な偏見演出で見せていたものの、実際の裁判官も"人"であり、いかに無罪の証拠を集めていても偏った見方をする人には無力になる可能性もあり、そうした1人の人間のジャッジで人の人生を左右してしまうという問題点をも浮き彫りにしていくのです。


このような非常に身近なテーマである上に、実にテンポよく話が展開していく。
それに加えて、あまり普通の人では体験しないような留置場の様子や、逮捕されてからの手続きなどは留置場マニア?の役の本田博太郎が手ほどきしますが、母親のもたいまさこらが全然裁判に素人なことから、右往左往する様子などを通じて描いていたりするので、そのような事件に巻き込まれた身内の立場から、また裁判のシーンでは自分が傍聴席にいるかのような視点で見せてくれます。

恐らくみんなの興味を集める内容だったのでしょう。
試写会でもこれほどみんながみんな固唾を飲んでスクリーンを見つめる様子っていうのは珍しいほど静かでした。サイエンスホールはジュールを置くようなテーブルがあるものの、劇中飲食をしている様子の人は殆ど感じられなかったほどです。

ただ、この映画には3点ほど好材料がある。
1つは、ドアにスーツの裾が挟まって、悪戦苦闘している徹平の姿を目撃した女性がいたこと。
もう1つは、その目撃者の女性を探したり、毎回傍聴に来てくれたり、痴漢冤罪の活動をしてる同じ苦しみを味わってる先輩(?と呼んでいいのか?)被告が進んで協力してくれたりなど、何かと協力的な親と親友・協力者がいること。
そして、最後の1つが何より主人公の徹平が会社員や学生などではなくフリーターという立場であるので、そのような誤認逮捕されることによって社会組織の中で解雇・退学などのような扱いを受ける心配が無かったこと。

もっとも、そのような好材料は最後の判決と照らし合わせてみると、なるほどこの映画の訴えたいことがより理解できる。

ものの、敢えて欲を言えば、普通の人は協力者もそんなにいないだろうし、満員電車に乗ると言えば仕事など持ってる人も多いだろうし、面倒臭がって協力を申し出てくれる人もたぶんいないだろうし、と思うともう少し一般の人々に近い設定であってくれれば、より染み込んでこれたかなという思いはある。まぁ、そこまでの設定にしてしまうとそれこそ連続ドラマにでもしないと尺が足りなくなってくるのでしょうが。(2時間23分の上映のこれでもコンパクトにテンポよく編集したんだなとわかりますしね)



話は変わって、今朝出勤する時に東西線から地上に出る時に長いエスカレーターをあがるのですが、私は左側で立って移動する列にならぶのですが、前の女性の前に割り込もうと必死なおじさんがいました。すると、前の中年の女性が「何割り込んでるんだ!」と言いたげにブロック。でも、入り込もうとするおじさん。
「後回れよ・・・おじさん」と私も思い、ふと見るとその割り込もうとしていた場所から女子高生が右の歩いてエスカレーターを上る列に移動しました。
その後おじさんは、そのまま後に回ることなく、その位置に立ち3人後ろくらいのところで割りコミ並んでエスカレーターに乗ってました。「後に回らなかったんかよ・・・」と思いながら上に昇り、定期券を出したりして昇り口の少し横で立ってるとおじさんも昇ってくる。すると、よくみるとおじさんの前にはミニスカートの女子高生がいました。
頑張ってまで女子高生の背後から乗りたかったんだろうかね・・・と推測しました。

このような映画を観た後なのでこの状況を考えながら、そのまま出勤しました。
映画の中では、怪しい動きをする徹平を田口浩正演じるサラリーマンが「あいつ怪しい」と思って注目してたということで法廷での証言がありました。

たぶん、私の立場がそれに近いのかなと思いました。今朝のおじさんは怪しすぎです。

でも、もしかしたら、おじさんはたまたまそういう流れになっただけかもしれない。

そして、もし、意図なくその流れになってエスカレーターに乗ったとすれば、自分がおじさんの立場であれば他人からはそう見られ、誤解されるのかもしれない。

映画を観終えた翌朝、そのように色々と早速頭を過ぎるようなことがありました。
本当に些細なことがきっかけで、どこでどのようにこの手の事件が生まれるかわからないのだ。
だから、怖い。人は所詮誰もが一人称でしか見れないのだ。自分を裁くのは自分しかできない。真理の行く末はそれしかないのだ。


女性側にしてみても某タレントみたいな痴漢冤罪でっち上げの愉快犯で無い限り、誤認で人の人生を狂わせたくないでしょうし、また裁判にまでなると、そこでの発言に偽りがあると偽証罪まで適用されると裁判官に告げられるプレッシャーもあり、触られた被害に加えてそのようなこ事柄に頭を悩ませ、苦しむこともあるでしょう。

この映画を観て「徹平(加瀬亮)カワイソス・・・。男だってこういう目にあうんだ!!!」というその程度の感想しかもてなかったのであれば、何の意味もないのでしょう。女性側、そして痴漢の事件に携わる駅員、警官、裁判官・・・様々な角度から世間的には"些細"な事件を見つめさせてくれることにこの映画のメッセージ性であり、意義があるのだと思います。

そして、これほどまでにわかりやすく、しかも痴漢に限らず刑事事件まで幅を広げると、直球で日本社会を構築しているものの欠陥点を洗いざらい表にし、この映画を観る観客に「どう?これっておかしくない?」とわかり易く開示してくれています。


オフピーク通勤なども呼びかけられていますが、実際にはそのような環境で働くには困難。
また、電車を使うなと思っても現状の都市圏を思うとそれまた困難なことです。

結局、女性だけではなく、男性も自分で自分の身を守っていくしかないのでしょうか・・・。



2009年より、裁判員制度が始まります。
裁判員に7割の人がやりたくないと思ってるという世論調査がありました。
やはり、一人の人生を他人が決めたくないという理由などからだそうです。

でも、どうでしょう。
けして1人で判決を出すわけではありません。
先日観た『悪夢探偵』という映画でもシネマサンシャインで陪審員制度のアピールをCMで流していましたが、もちろん皆で討論して決めるわけです。
今回の映画を観ても、思うのはそこです。
裁判官も居ますが、1人の偏見固まった裁判官に左右されることも少なくなってくるのではないでしょうか。

私はもしも選ばれることがあって、それで会社がその時間を作るのに協力してくれたりするのであれば積極的に参加はしてみたいと思っていたりします・・・。


と、書いてみて、なんだか政府の裁判員制度への理解を暗にPRするような映画だったのかな?なんて、意地悪に思ってみたりもする(笑)


しかし、映画のメッセージ性を考えた時にこれほど、裏を返せば裁判員制度に理解を示してもらえる映画も無いのではないかと思います。


と、話が少し脱線気味になりつつも1つの世間的に見れば些細な事件であっても、当人から見れば一生を左右するような大事件を通して見えてくる数々の日本社会の歪み、欠陥点をスクリーンを通じて直視して、この映画を観た観客が色々なことを考えさせられることは間違いありません。

この社会派ドラマ。
見やすく、飽きずに2時間23分、睡魔に襲われることなく見続けることができますので、是非みんなに・・・特に電車通勤をする男性・女性には1人でも多く見て欲しい作品だと思います。


そして、いろいろ考えてください。




・評価:★★★★★★★★★★
     ★★★★★★★☆☆☆ (17)
・公式サイト

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この記事へのコメント

FCホリ
2007年01月17日 14:43
起訴されたら、99.9%負け。供述時にビデオ撮影・弁護士の同席も許されない世界の常識とはかけ離れた、恐ろしい日本の現状。過去に『わざと突き出す女性などいない』と発言した、世の中とは、かけ離れた裁判官達の問題。少しでも、『自分の頭で考えようね』のきっかけになってくれれば・・。しかし痴漢する卑劣な人間と遊びで突き出してる人間は絶対許せませんね。
かつを
2007年01月17日 16:17
こんにちわ。

そうなんですよね。許せないのは痴漢する男と遊び半分で冤罪を作る女と。
そして、この映画で興味深いのが痴漢していない男と真剣に被害を訴える女の子と。両方嘘は言っていないところなんですよね。
そして、ちょっとのことで生まれた誤解から人生が狂ってもおかしくないような流れになってしまうという・・・。

これは怖い映画です。戦争映画やホラー映画であれば、今の日本人ではどこか遠いものと見ても仕方がないのですが、実際に私たちがありえそうな内容の映画だけに怖いです。

裁判員制度は「法の素人が判決に携わるなんて!」という声もあるのかもしれませんが、ちゃんと裁判官も存在しているところがポイントだと思うんですよね。
だから、必ずしもマスコミなどの扇動の影響受けっぱなしの判決へ流れることも無さそうな気もするんですよね・・・と、話が脱線しそうになるのでこのへんで。

書いたレビューを読み直すと、あんまり映画の音楽だとか、映像だとか、役者の演技だとかに触れた内容になってない・・・。
あとで追記するか・・・。

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