「原作厨」とか「洋画厨」と言うものに思う。

よく映画なんか見てると





「あー、あの映画面白くなかったね。原作の良さが生きてない。」
「原作のあそこがよかったのに、なんでカットするんだ?」

みたいな原作至上主義みたいなコメントをよく聞かれるんですよ。

でもですね。

漫画、小説などの原作ものってのはいろいろ自分自身の心で補完して頭の中で作り上げていくものではないですか。
イマジネーションに訴えて、頭で風景を描いていくような。

例えば、
ガイドブックに紹介されていた美味なお菓子を実際食べたら御口に合わなかった、とか。
HPではいかにも最新設備の整ってるホテルと紹介されていたのに、実際着いたらしょぼいホテルだった、とか。
ネット上で知り合った人とオフ会で会ってみたらイメージが異なっていた、とか。


これらってのは動いてるものを見なかったり、実際にそこにいったりしてなかったりなどで頭の中である程度の良いイメージを作り上げていてそれと異なったからというガッカリ感みたいなものもあると思うんですが、それと似ている感覚だろうなと思うんですよ。

小説などの文字というものを読み頭に思い描き映像を作る、それまでは画として作られた物を見ていないわけで。
そういう活字を通して描いたイメージから生んだ脳内映像にどんな作品とて敵うわけありません。それはキャスティングなどからもそうだと思うんですけどね。

だから、よく映画のレビューなどを書く時に「映画は映画として一本で見せられなくてはならない」と何度も書くのです。

とはいえ、原作ファンが映画を見るまでに抱く良きイメージを持つのは仕方が無いと思うんですけどね。そのフィルター越しに見るのも。
でも、そうした場合って「ほぼ貴方のイメージを満足させる映画である場合はかなり少ない」ですよ。と思うわけですね。

それを踏まえて見てほしいし、まあ原作は原作の良さ、映画にするにあたり脚色をすることになると思うのですが、どこをどう脚色して映画の尺にまとめるかってのも大切な作業だと思うんでそういうところも見てやってほしいなと思います。


「洋画厨」「洋楽厨」なども思うところはあります。
お前ら英語ちゃんとヒアリングできてから言ってるのかと。
出来る人が言うなら問題は無いですが・・・明らかに違うだろうなという人までそういう人がいるから驚きです。

「邦画は安易な企画」が多いというが『エイリアンvsバネッサ・パラディ』とか見てから言ってるのかと。邦画も糞映画多いけど、洋画だって大概に糞映画多いぞ。『アローン・イン・ザ・ダーク』とかいっぺん見てこい。

邦楽は「愛だの恋だのすぐ歌いだして安っぽい」というが、洋楽だって大概そんなもんばかりだぞ。


外国のものだからと乗ってる言葉をよく見ずになんとなくカッコいいという思いからなんだろうと思う。

これって、外国人が変な漢字の刺青を彫ってるのを見て日本人が失笑する感覚に似てるのかもしれない。あれも外国人が漢字を「なんとなくカッコいい」と思ってるからなんだろうけど。


たぶんファッションとしての外国語になっているのでしょう。



あ、例えば「Jリーグをつまらない。セリエはおもしろい」という感覚にも似てるかも。
「ローマvsインテル」などは確かに面白いのかもしれないけど、一方でセリエだっていうのなら
例えば「サンプドリアvsエンポリ」とかマイナーチームの試合も見て言ってるのかと・・・。(あくまでもたとえですね。実際面白い試合だったら謝ります、すみません。)


なんで日本のものだからとダメと鼻っから決め付けるんでしょうかね?
そういう人って多くないですか?



要は面白いものは面白いでいいんじゃないかと思うんですよ。

頑なに原作フィルター、洋物フィルターを通して見なくてもね



なんとなーくそう思うことが多いですよね。

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