『R100』 無駄な時間を過せる映画 (34)

これ「R15」扱いにする意味あったのか?




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<2013.10.5 イオンシネマ市川妙典 にて鑑賞。>
あらすじなどはシネマトゥデイより
チェック:『大日本人』『しんぼる』『さや侍』などを手掛けてきたダウンタウンの松本人志がメガホンを取ったけた外れの異色作。決して開けてはならないパンドラの箱を開いてしまった主人公が遭遇する未知の体験を活写する。大森南朋、大地真央、寺島しのぶのほか松本自身も出演を果たし、前田吟や渡部篤郎ら個性派俳優らも豪華共演。観客の想像をはるかに超えた見せ場に向かって疾走するストーリー展開に度肝を抜かれる。

ストーリー:男(大森南朋)は誘惑に負け、1年という期限付きでミステリアスなクラブへの入会を決意する。入会の際の条件は、たとえ何があろうとも途中で退会することはできないという内容だったが、当初彼はそのことをまったく気にも留めていなかった。その後、彼の人生には次々と型破りで魅力的なキャラクターの女性たちが出現するようになり……。



まず、トイレで化粧をする富永愛のシーンから始まると一緒に食事をしている片山(大森南朋・・・いろんな役名無しのキャストが出てくるのでわかりやすいように以後キャスト名を)を冷たくあしらい、最後は蹴りまで入れる。
店を出る富永愛を追いかける大森南朋をもう一度ハイキックで蹴り飛ばし、彼に見せつけるようにS嬢のボンテージファッションを見せつける冨永愛。

まあ、内容がよくわからない映画というのは聞いてましたが、SMクラブの話であるというのは知ってました。
だから、まあ富永愛のカッコ見ても驚きはなかったのですが詳しい説明を入れずにいきなり客を驚かせる展開を見せるという意味では見事なまでに成功しており、きっと映画を見ている客を掴むにはこれ以上ない立ち上がりに仕上がっている。

次いで松尾スズキ演じる支配人がこのSMクラブの説明をするのですが、ルールはいたってシンプル「普段の生活の中で行われるプレーがシステムになっている。そして、途中退会が出来ない。」
この説明を行うのはある古びた建造物の一室。とてもそんな設備はないだろうけれど、メリーゴーランドに乗りながらショーウィンドウのように立ち並びポーズをつけるS嬢たちを見上げながら説明をする支配人。
真正面にそんな施設があるというのではなく、ここは松本監督が練りに練ったイメージの描写なのだろうと推測されます。
そのイメージを見上げながら今後の至福の展開を想像し、悦に入るのが大森南朋。
松本監督はそのよう個人の精神のある一点に到達したときの描写を白目を黒く塗りつぶし、頬を膨らませるCG処理でイメージしているのですが、宇宙人のように白目も黒目もない不気味な目と極端ではなく、微妙に膨れ上がる頬。
それがどこか人によってはトラウマを生じさせるものになるのかもしれませんけれど、恐らく狡猾な松本人志監督のことです。それが狙いなのでしょう。
結局、その不気味な感情の到達点の描写は最後まで続きます。そのことからも、その演出が主張したかったこと。それがこの作品の、不可解と言われてる作品の大きな背骨にあたる部分なのだろうと想像できます。

感想をいろいろ述べても「想像」、「思います」このような言葉でその段落を締めてしまうのも、やはりそれは我々観客が1人、1人想像し、製作者側の意図を汲むという作業を強いられるからだ。
その作業は考えることを面倒臭がる現代人にとっては苦痛に感じるところもあるのかもしれない。しかし、その苦痛を通り越した向こう側に何か見つけることができればきっと、映画の中の大森南朋のように恍惚に陥るものが味わえるのかも知れない・・・。

その大森南朋を襲い(というよりも仕事として)かかるそれぞれのS嬢。
その嬢たちも特徴はさまざまだ。色んな声マネをこなす大地真央、涎・唾を飛ばす渡辺直美、なんでも飲み込む片桐はいり・・・などなど。
美形の嬢もいれば、デブの嬢もいて、ブスの嬢もいる。それぞれが個性が強烈でどれもこれも同じに見せないところも巨匠、松本人志の配慮が行き届いている。
恐らく「わけわからねぇ」と言う方でもビジュアルとしてそれぞれのことはきっと忘れないと思うし、とりあえずそれが何を意図してるのかを後で考えるとしても「忘れる」ということをさせないことが出来ているわけで。
どんなキャラがいたのか、どんなシーンがあったのか。忘れてしまう映画など星の数ほど。でも、この映画に関してはそうにはならない。
でも、それは嬢だけではない。大森南朋の息子が緊縛されて宙づりにされてるシーンだったり、大森南朋とパンイチで並ぶシーンだったり、堰を切ったように流れ出る気色の悪い吐いた汚物だったり・・・。
意味不明でも、各々の「シーン」だけは忘れないだろう。

もしも、この映画を「意味不明」で片づけて考えることを億劫になってしまう人がいたら、とりあえずその記憶にあるシーンの1つ、1つを宿題としてほしい。
その意味がわかるのはこの映画のタイトルにもなってるようにもしかしたら、100歳にまで到達しないとわからないのかもしれない。でも、その宿題を放棄することなくいつまでもどこかで思い出して少しでも考えてみることができれば恐らく、この映画を観たという価値をそこに見出せるのではないかと思います。。。。





。。。って、そんな訳ねーだろうって(苦笑)
嘘です。


率直に言って糞映画ですよ。
どこが糞かって?まぁ、全般的に糞なのは言うまでもないんだけど、序盤はいいんです、まだね。
いろんな「?」を振って、そこがどう繋がっていくのかという興味を引き付けるところもあったでしょう。それでも稚拙かなーと思うところはありますが、酷いのが後半ですよ。
この映画でタイトルは最初に出てきません。でも、上映開始から42、43分くらい経ったところで左側に「R100」と出るわけですわ。

そこでラッシュ試写の一部を見終えた映画関係者がロビーに集まって、苦い顔をするのです。
その中の1人が「どうして声もわからない意識不明でベッドに横たわる妻(YOU)の声を(声マネのS嬢:大地真央が)マネできてるの?おかしいよね?」とツッコんでるわけです。
で、映写室にはその作品を監督しているであろう100歳のお爺ちゃん映画監督が満足そうに座っている。
これはあれですか?鈴木清順をバカにしてるんですか?(笑)鈴木清順と姿も似てるお爺ちゃん監督でしたしね。清順さん100歳ではないにしろ、100歳に近い90歳ですしね。それに鈴木清順も確かにシュールで意味が分かりづらい映画をいっぱい作ってるよ!!!

考えすぎ?でも普通に清順監督をイメージしてんの?としか思えなかったですわ(苦笑)
でも、松本さんと違って鈴木清順は松本人志と違っていっぱい普通の映画も作ってるし!!!

まあでも、酷いというのは自分でツッコミを入れるということはそういうことをわかっていながら、そういう試写を見た関係者が渋い表情で感想を述べ合うようなシーンを随所に入れる悪い意味の狡さが浮きだっていてしょうがなかった。


映画は見ている人が考えればいい。
100人いれば100人の感想が生まれる。

もっともな意見です。
松本人志は他に例のない映画を作りたいということで「大日本人」や「しんぼる」や本作を作ったと聞きます。(「さや侍」はそういう意図があったわけじゃないみたいだが)
こういう奇を衒った映画ってのは別に松本さんだけがやってるわけじゃなくて・・・。
北野武もこのような難解な映画を作ることがあるが、でもデビューで「その男、凶暴につき」で力量を見せてからいろんな幅に挑戦してる中で途中、コメディアン魂に火がついたような意味不明なふざけた映画を撮ることもある。
まだ「出来る」ということをわかってるだけにまあ、しょうがないと思うのです。

でも、松本人志の場合はまだ我々に映画で「出来る」を見せてくれてないんですよ。
3作目の『さや侍』は個人的にはまだ映画らしいと思ったのは事実。でも、得意のコメディを映画にペーストしたような作品であったのも事実。個人的には好きな『さや侍』ではありますが、その作品でも土台にはお笑いがあっただけにどうもまだ「出来る」を垣間見てないんですよ。

少し前作で見直しただけにまたも1、2作目同様の「逃げ」の作品を作ってしまったのが大変残念でしかならない。
作り手が意図を提示しないまま、制作した映画の中で観客が勝手に解釈を持ってしまってもしょうがないんですよ。
とりあえず、不器用でもいいのでこれが言いたいってもんを見せてくれないと。その一本の”木”を様々な角度で解釈してこその映画だと思うのに、松本人志はその”木”すら見せてくれない。
とりあえず、糞みたいな空間を見せて「ああ、そこには木が生えてるね。」と言えば、一方の客には「そうそう、そこには鉄柱が立ってるんだよ」と、都合よく言い訳を並べるしかないような映画。
せめて、清順さんのように映像で見せてくれれば見る価値もあるんだけど、松本人志の映像には美すらないから。
せめて意味が分かりづらい映画でも絵画を見るように想像を掻き立てられてくれればいいんですけれど、どうも適当に作ったイメージしか生まれないんですよね。
まあ、その先入観を持つ我々も悪いところはあるのかもしれないですけれどね。どうもお笑いの大御所松本人志として見てしまうのは否めないので。でも、こればかりはしょうがないよね。先ほど書いたように「出来る」を観てないので。
それだけに一度北野武みたいに映画に真摯に取り組んでほしいと思うわけですよ。
『さや侍』で奇を衒わず正面から映画を作ろうとしてたじゃないですか。なんで、それをもう一度やらないんですかね。あれだけで「俺は出来る」と思い込んじゃったんですかね?だとしたら、まだまだですよ。松本さん!


ってことでまぁ、そんな映画は糞ですよ。




私もダラダラ書いてて、松本監督のような糞感想文にしかなってないのでこのへんで(笑)
たぶん2013年のワースト10には入るかな。

また、たぶん恥ずかしいカッコをいっぱいさせられながらこんな映画になってしまった俳優のみなさんの心情を思うとお疲れ様でしたとしか言えないです(苦笑)





P.S.

ちなみに本日は私の誕生日でした。
記念すべき誕生日になんでこんな映画を観てるんだろうと思いましたが、まあそれが私らしいかな・・・と(苦笑)


あと、ツイッターにもリアルタイムで書いたのですが、公開日初日の12時ジャストの回で観てきたのですけれど、客が私含めてたった3人しかいなかった・・・。

みんな1人の男性客。で、1人のスーツ姿のおっさんは最後に客電ついた時には熟睡していました(笑)
きっと最後の方も見てなかったと思います。
都内では無いですが、都心部に近い妙典の映画館でこれだからきっと全国的にも大コケなんじゃないかな。


あとあと、p.s.といいつついっぱい書いて申し訳ないですが、SMと言えば先日壇蜜の『甘い鞭』という映画を観てきたんですよ。その直後のこの映画だっただけに、いろいろと薄いところを感じてしまったのも低評価の一因かもしれませんね。あれは凄すぎたから。





・評価:★★★☆☆☆☆☆☆☆
     ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ (3)
・公式サイト


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この記事へのコメント

ぱたた
2013年10月07日 12:43
お誕生日おめでとうございます!
((8-(o'▽')o□☆□o('▽'o)-8))乾杯♪
秋らしくて良い季節の誕生日ですね~♪
かつを
2013年10月07日 12:54
ありがとうございます!
本当にクソみたいな誕生日でしたが、ニュース系の各まとめサイトに私のツイートが転載されていて、それが嬉しかったですね(笑)
痛ニューブログとか大ファンで毎日見てるくらいですし。

それがせめてもの誕生日プレゼントとなりましたw
かねこ
2013年10月16日 22:16
お誕生日おめでとうございま、した\(^o^)/
映画の良し悪しはともかく、映画鑑賞のお誕生日、素敵じゃないですか~♪
またたくさん映画を楽しめる、素敵な一年になりますように!
かつを
2013年10月17日 08:44
ありがとうございます(笑)
ツイッターであまりにもガラガラだったことを呟いたらそれがまとめ系サイトに載ってたのがちょっとだけですが嬉しかった誕生日になりました(笑)

今後ともよろしくおねがいします!
にゃごろー
2016年04月26日 04:17
テーマ…【映画】
今さらですが、みなさま【R100】を酷評しすぎおます。冒頭、セピア色のスクリーンで、冨永愛が丹念にルージュを引きながら煙草を吹かすシーン、最高ぴかぴか(新しい)
鮮やかに塗りつぶされてゆく唇と、霧のようにモアモアけむる紫煙が、対比的で美しい。
さらに、非日常に囚われた後(のち)、独自の高揚と、抗いがたい後悔の念。でも、主人公は、そこから懸命に脱却した。
シュールで怖くて、面白い映画ですゾ。
かつを
2016年04月27日 09:05
>にゃごろーさん
コメントありがとうございます。ほぼ同じ内容のコメントが3つ続いてましたので1つのみ反映させていただきました。ご了承ください。

映画は100人いれば100人の感想があると思いますので、面白いと思う人はそれで良いと思います。
色々とシュールで耽美なシーンは確かにありましたね。雰囲気は私も嫌いではないです。
ただ、そこだけで終わってしまってるような気がします。

そして100人中1人でも心から笑ってくれれば、ツボってくれればいいという気持ちで奇を衒った演出をしているのだろうと思いますが、私は残念ながらこの例でいうと残り99人の方に入ってしまうかな・・と。

ただ私も世間的には糞映画を好んで個人評価することもあると思いますので、胸を張って「面白い映画」と言えるにゃごろーさんは素晴らしいと思います。嫌味ではなく本当にです。

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